ANCLARO

福島県会津発のレザーブランド「ANCLARO」の制作日誌と思考のアウトプット

染料仕上げの革のエイジングについて--なぜ「やってみないと分からない」のか

おそらく革好きの方が一番気になるであろう「エイジング」について、染料仕上げの革に限定して説明してみようと思います。
そもそも「エイジング=色が濃くなる」という一般論に誤解があるんですよね。

 

今回はなかなかややこしい内容なので、結論から。

結論:やってみないとわからない

です。ありがとうございました。


・・・以下、気になる方のために私が考える屁理屈を置いておきます。あくまで一人の革作家が独自に行き着いた理論ですので、一つの読み物として楽しんでいただければ幸いです。

 


1,「革のエイジング」を物理現象として分解する
まず最初に、エイジングの説明としてよく言われる「味が出る」という曖昧な言葉を、以下の3つの事象に分解します。

タンニンの褐色化: 植物性タンニンが紫外線や酸素に反応し、ベースカラーが「白(生成り)」から「赤茶色(飴色)」へ変質する現象。
物理的平滑化(グレージング): 摩擦で銀面の微細な凹凸が潰れ、光の乱反射が減少。内部の色が鮮明に透過する(ツヤが出る)現象。
オイルの酸化: 内部の油分が表面へ移動・酸化し、屈折率が変わることで視覚的な重厚感が増す現象。

タンニン鞣し革は時間とともに褐色化します

2.染料の性質:減法混色と退色
染料仕上げは、光を透過させる「染料」を用いる以上、絵の具(顔料)とは異なる物理法則に支配されます。

色は引き算で決まる: 減法混色とは、特定の波長の光を「吸収(消去)」するプロセスです。その性質上、混色を繰り返すほど明度が下がり黒に近づいていきます。
例えば赤い染料なら、赤以外の色を吸収し赤を多く反射することでわれわれの目に「これは赤い」と認識させます。ここに青を混ぜると、青の反射が足されるのではなく赤の吸収が増えるので、同じ明るさの理想的な紫にはならず、濁った暗い色になります。

白の不在: 染料には「白」が存在しないため、一度吸収された(暗くなった)光を、後から物理的に増やす(明るくする)手段はありません。

退色:革に定着した染料の分子は紫外線によって破壊され、色が薄くなります。コンビニの窓に貼ってあるポスターが色あせて薄くなっているのをイメージしてもらうとわかりやすいかと思います。

3,染料仕上げの革のエイジング~退色と褐色化の「時間差混色」
染料仕上げのエイジングとは、「染料の破壊」と「土台の変化」による同時並行のプロセスです。
染料の退色(明度の向上): 紫外線が染料分子を破壊し、光を吸収できなくなり、色褪せていく。
革の褐色化(明度の低下): 土台の革が茶色くなり、新たな光を吸収し始める。


※ここからがとても大切です。多分おそらく、あわよくば日本初の解説です。

まず、革自身が持つタンニン量が少ないと褐色化が(ほぼ)起こらないため、退色が優位となり色が薄く明るくなっていきます。クロム革の染料仕上げなどはこの現象が観察できます。
こちらは革善商店さんという革屋さんの動画です。クロムの染料仕上げの退色についてわかりやすいシーンがあったので引用させていただきます。(そのシーンから再生されます)

 ではなぜタンニン鞣しの革では、染料は退色しているはずなのに色艶が深まることがあるのか?それは、表面の染料が消えるスピードよりも、土台の褐色化が勝る場合、「残留している染料」+「褐色化したベースの茶色」によってさらなる減法混色が発生し、明度が低下するからです。これが、退色しているはずなのに色が「深く、暗く」見える物理的なカラクリです。


4,色系統別の予測(推論)
究極的には、全ての染料が消えれば「ただのエイジングしたヌメ革」に帰結しますが、そこに至るプロセスは色相環のルールに従います。そしてこれが冒頭で触れたエイジングの誤解の正体です。「エイジングは色が濃くなるはずなのに、なんか全然違う色になった。」はこれで説明できます。

暖色系(赤・橙・茶): 土台の褐色化と色相が近いため、減法混色が起きても「深みのある赤茶」としてポジティブに同化しやすい。
寒色系(青・緑・紫): 土台が褐色化して出てくる「黄色〜茶色」は補色に近いため、染料の寒色と混じり合うとお互いに光を吸収しあい、彩度が急激に落ちます。青が緑っぽく変化したり、泥のような濁りを経由したりするのは、この避けられない「物理的な喧嘩」の結果です。

ここでこの説明を裏付けるHPが見つかったのでご紹介しておきます。これはHERZさんで紹介されている、「グリーン」の経年変化サンプルのページなのですが「オリーブのようなグリーン」から、「カーキのような中間色」を経て、最終的に「飴色のような茶褐色」に変化しているのが確認できます。これは、寒色系のグリーンの退色と地の革の褐色化が同時に起こり、色が混ざり合い、最終的に褐色化が勝ったということだと思います。
https://www.herz-bag.jp/special/material/leather-aging-green/?srsltid=AfmBOorgbgsb5SwjwoDly1g-RRfd3l_j0iM4Cd-WcxD4F7tB02dxuHRS

一方で、黒や、黒に近い極めて重い色は、そもそも染料分子の密度が高く退色が遅い傾向にあります。加えて、褐色化による減法混色が『暗さ』を強力に維持、あるいはさらに暗くするため、変化は非常に緩やかです。
これらも究極的には最終的に飴色に帰結すると考えられますが、一般的な牛革では、革がボロボロになるのが先か、我々が死ぬのが先か、それとも飴色になるのが先か。そういう時間軸の話になると思います。 
染料の定着が弱い革(コードバンなど)は、普通に黒→茶に退色することもあります。


5,結論:変数が多すぎて「やってみないと分からない」
ここまで理論立ててあれこれ説明しましたが、実際のところは変化の終着点を予測しきるのは不可能です。なぜなら、以下の変数が「その革」やユーザーごとに異なるためです。
・そもそも革に含まれるタンニン量(タンニン鞣しと一口に言っても、その褐色化の程度は異なります。また、タンニンが多すぎても染料の定着が弱く退色が早い等もあると思います。)
・革自体の仕上げ(塗膜の有無、含有するオイルの量、ホワイトワックスなどの特殊な仕上げは、非常に大きな影響があると思います)
・日光に当たる時間(退色と褐色化の速度差)
・触れる頻度と手の脂やオイルケア(平滑化と加脂の度合い)
・メーカーごとの染料の耐光性(ブラックボックス)
なので、結論としては、「理屈ではこうなるはずだが、現実はやってみないと分からない。」ということになります。

6,ANCLAROではどう退色と向き合っているのか
染料の退色は、主に淡い色の染め方で特に顕著に視覚化します。ANCLAROでは、定番色を「チョコ」「バーガンディ」「スプルース」という重い色にすることで、退色と褐色化が釣り合うようにコントロールを試みています。

左からスプルース、チョコ、バーガンディ

さらに、ウレタン主体の強力な色止めコーティングを施し、「完成時の色」をなるべく維持できるようにし、ワックスで加脂することで地の革の褐色化を促しています。
エイジングによる劇的な変化とはトレードオフの関係になりますが、当ブランドでは退色をなるべく避けたいものとして定義していますので、色止めを選択しています。
ここまで面倒な理屈を抱えながらも染料を選択するのは、透明感あふれる染料仕上げは、「革らしさ」を最大限に残せる仕上げだからです。

 

7,おわりに
そして次回以降になりますが、ANCLAROで仕上げた手染め革のエイジングテストを始めるつもりです。良ければブックマークなどして追いかけていただけると、興味深い実験が見れるかと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
皆さん良いレザーライフを!